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連載 食料への権利と農業(4)個人や家庭の目線で考えたい食料・農業 共同通信アグリラボ所長 石井勇人

持続可能性への意識高まり有機農産物が人気に

 現地事例や識者の見解をもとに、「食料への権利と農業」には何が必要かを考えるシリーズ。第4回は共同通信アグリラボ所長の石井勇人さんと、個人や家庭の目線で食料・農業を考えます。


石井勇人(いしい・はやと) 岐阜県出身。東大文学部卒、1981年に社団法人共同通信社入社、編集委員室次長などを経て2019年9月から株式会社共同通信社取締役(22年6月まで)兼アグリラボ所長。15年から19年に「農政ジャーナリストの会」会長。
名古屋の繁華街で成長した有機農産物の朝市村

 早朝の開店と同時に、野菜めがけてダッシュ――こんな「争奪戦」が毎週繰り広げられる市場があります。有機農産物に特化した「オアシス21 オーガニックファーマーズ朝市村」(名古屋市)です。

 「売り切れ御免」のため、開店前から40~50人が入り口に並びます。会場は繁華街の栄の中心部。地下鉄で来場する人も多く、キャリーバッグを持参する人も目立ちます。

 愛知、岐阜、長野、静岡、三重の5県からメンバー60戸のうち、タイミングよく農産物がそろう農家12〜25戸が参加。直接対面販売し、栽培方法などを消費者に説明することが出店条件です。生産者と消費者の交流の場になっています。もう一つの特長は、「有機での新規就農相談コーナー」が併設されていることです。これまで朝市村の農家で研修を受けた40人が新規就農しました。

 朝市村が誕生したのは2004年。出店農家10戸、来客100人程度で隔週開催でしたが、現在は毎週土曜の午前8時半から11時半までの定期開催で約500〜600人が訪れます。「こんなに大きく育つとは思わなかった」と“村長”の吉野隆子オーガニックファーマーズ名古屋代表。

農業と食料のあり方を問う「食料主権」「食料への権利」

 有機農産物の人気の背景には、食の安全・安心だけでなく、持続可能性に対する意識の高まりがあります。ただ、日本の動きは欧米などと比べると大きく遅れています。良い食材を手に入れたい消費者の思いが「権利」として認識されていないからです。

 国際的には、1996年の世界食料サミットで、「すべての人が、安全で栄養のある食料にアクセスする権利」として「食料への権利」が再確認されました。このサミットでは、国際農民組織のラ・ビア・カンペジーナが、さらに踏み込んで「食料主権」を提唱しています。農業者、とりわけ家族経営の小農業者らが、農業と食料のあり方を自分たちで決定したいという願いです。

 一方、日本政府は、食料安全保障を明示的に定義していません。食料・農業・農村基本法が「食料の安定供給の確保」(2条)について触れているだけです。「食料への権利」や「食料主権」が「アクセス(接近)」という消費者目線を起点にしているのに対して、日本政府の姿勢は「供給」という上から目線で、個人や家庭の食生活への目配りが不十分なのです。

オアシス21 オーガニックファーマーズ朝市(名古屋市栄)の開店同時にダッシュする来場者(2022年10月1日、筆者撮影)
 

工業的農業から生態系を維持発展するシステムへ

インタビュー 関根佳恵愛知学院大学教授に聞く

関根佳恵(せきね・かえ) 神奈川県出身。2011年京大大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。16年愛知学院大学経済学部准教授。18年に国連食糧農業機関(FAO)客員研究員。19年に設立した家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン常務理事。22年より現職。

―規模拡大や企業の参入、貿易自由化や規制緩和で効率的な農業経営を目指す政府の農業政策をどう評価しますか。

 国際的な潮流として、持続可能な開発目標(SDGs)、小規模農業・家族農業への支援、生態系と調和したアグロエコロジー(農業生態学・生態農業)の促進、伝統的な技術の再評価が注目されています。2021年9月の国連食料システムサミットでは、多国籍企業が食料安全保障を実現するために、精密農業、データ収集、ゲノム編集など遺伝子工学の重要性を強調したのに対し、市民団体や科学者らが反対声明を出し、多国籍企業主導の工業的スマート農業を批判しました。

―飢餓を解消するためには、効率的な農業で増産することが重要なのでは。

 アグロエコロジーが非効率的だというのは誤解です。生産性を「労働生産性」と「土地生産性」だけで評価する傾向がありますが、「資源投入」と「社会性」を尺度に加えて評価すると、工業的な農業の生産性が高いとは言えません。アグロエコロジーは、温室効果ガスの排出を抑制し、雇用創出、地域の生活条件の改善の面でも優れています。資源を浪費する工業的農業から、生態系を維持発展するシステムへの転換こそ、持続可能な農と食のあり方です。また、国際的な実証実験から、アグロエコロジーの土地生産性は高いことが分かっています。

―日本でアグロエコロジーは普及するのでしょうか。

 有機農産物の直売と新規就農相談の接点となっている名古屋市のオーガニックファーマーズ朝市村や、小規模農家の育成に取り組んでいる愛知県豊田市とJAあいち豊田の「農ライフ創生センター」、石川県羽咋市とJAはくいの「のと里山農業塾」、学校給食の食材の有機化を推進する千葉県いすみ市など、各地で地に足が着いた活動が続々と広がっています。フランスのオランド政権は2014年に「農業、食料及び森林の将来のための法律」を制定し、アグロエコロジーの推進を打ち出しています。現在のマクロン政権もこの方針を踏襲し、農業省を「農業・食料主権省」に改め、食や農のあり方を当事者が自分で決める「権利」として位置づける姿勢を明確にしました。日本でも「食料への権利」や「食料主権」が幅広く認知されることを願っています。

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