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連載 食料への権利と農業(5)英国で急増するフードバンク 時事通信社ロンドン支局記者 菅 正治

需要に供給が追いつかない事態 相次ぐ「食料への権利都市」宣言

 現地事例や識者の見解をもとに、「食料への権利と農業」には何が必要かを考えるシリーズ。第5回は時事通信社ロンドン支局記者の菅正治さんが英国で増えるフードバンクと食料の安定供給の課題を報告します。


インフレで食料供給に不安 資材高騰が農家を直撃
時事通信社ロンドン支局
記者 菅 正治

 記録的な物価高に見舞われる英国では、国民への食料供給に不安が広がっています。値上がりする食料が買えなくなり、生活困窮者を支援するフードバンクからの提供に頼る人が急増しているのです。資材価格の高騰は農家を直撃し、一部の農産物の生産が足りなくなる事態も生じており、国内最大の農業団体「ナショナル・ファーマーズ・ユニオン」(NFU)は「英国の食は脅かされている」と危機感をあわらにします。世界有数の経済大国でありながら、「食料への権利」は大きく揺らいでいます。

 フードバンクは通常、3食分を1セットとして配布されます。英国で1200以上のフードバンクを支援する「トラッセル・トラスト」の調査によると、新型コロナウイルスに見舞われた2020年度には、グループのフードバンクが供給した食料は254万セットと、5年間で2・3倍に拡大しました。物価上昇率が年10%を超え、「生活費危機」が叫ばれる22年は、この時を上回る過去最高のペースで増えています。フードバンクの需要に供給が追いつかない事態に初めて陥ったということです。

 猛烈なインフレは、ロシアによるウクライナ侵攻や、欧州連合(EU)からの離脱による人手不足が大きな要因です。この1年で20〜30%も値上がりする食品も少なくないため、必要な量を買うことができず、フードバンクに頼らざるを得ないのです。トラッセル・トラストは「適切な支援と十分な収入があれば、人々がフードバンクに頼る必要はなくなる」と、政府の対応を強く求めています。

 NFUは、フードバンクに多くの農産物を寄付した農家を表彰するなど、活動を側面支援してきました。しかし、最近は農業生産そのものが危機に瀕(ひん)していると主張します。飼料やエネルギー価格の高騰に加え、鳥インフルエンザも直撃した養鶏農家が特に深刻で、スーパーマーケットでは卵不足が生じています。NFUは12月上旬に緊急記者会見を行い、卵だけでなく野菜や果物の生産も厳しさを増していると明らかにした上で、「食料危機が悪化することを懸念している。政府は明日ではなく今すぐ行動すべきだ」と強く訴えました。

「英国の食は脅かされている」と訴えるNFU首脳ら(NFU提供)
食料の寄付を募るスーパーに設けられたフードバンクポスト

 
緊縮財政で貧富の差が拡大「食料への権利」求めデモも

 約32万人が暮らすロンドン南部のランベス区は22年10月、区議会の議決により、「食料への権利都市」になると宣言しました。フードバンクの利用が増えるなど、住民の「食料への権利」が脅かされているとして、問題解決に向けた取り組みを強化するのが狙いです。英政府に対し、立法措置を講じて英国全体で対策を進めることも要請しました。

 労働党のディクソン区議によると、10年以降の保守党政権下で緊縮財政政策が採られてきた結果、貧富の差が拡大し、十分な食料を確保できなくなった人が増えてきました。これまで必要なかったフードバンクが次々と創設され、20年には区内の主要な四つのフードバンクから約4万セットの食料が供給され、そのうち4割近くは子ども向けだったということです。

 英国では、リバプールが21年1月に初めて「食料への権利都市」を宣言し、マンチェスターやニューカッスル、ポーツマス、バーミンガムなども追随しました。労働党のバーン下院議員は「英国では1100万人が食料不足に見舞われている。誤った政治的選択の結果だ」と、保守党政権の失政だと批判します。

 労働党は敗北した19年の総選挙の公約で、政権を奪取すれば、新法を制定し、すべての英国民に食料への権利を保障すると宣言しました。権利侵害に対する救済措置を導入するほか、「国家食料委員会」を設立した上で、国内に飢餓や食料不安が生じていないかを監視し、問題があれば関係省庁に対応を勧告するということです。地産地消を推進し、地域ごとに食料システムを強化することも打ち出しました。

 小規模農家らでつくる「ランドワーカーズ・アライアンス」や有機農家らはこうした動きを歓迎し、後押ししています。22年10月にはロンドンの官庁街で数百人規模のデモを行い、「食料への権利を立法化せよ」「予算や支援の拡充を」などと訴えました。

「食料への権利都市」を宣言したランベス区
トラクターに乗って「食料への権利を立法化せよ」と訴える有機農家(ランドワーカーズ・アライアンス提供)

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