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広報・調査部

「食と農を 未来へつなぐ」(5)全農事業担当理事インタビュー 高尾雅之常務理事(米穀農産事業担当)

 米・麦・大豆・でんぷんの事業を担当する高尾雅之常務理事に、令和4年度の振り返りと5年度の戦略について聞きました。


――令和4年度を振り返り、どのような一年でしたか。

 疫病(新型コロナウイルス、鳥インフルエンザ)や戦争(ロシアのウクライナ侵攻、中国による台湾危機の懸念)など“ 異なる種類の危機が輻輳(ふくそう)”しながら継続する一年でした。世界的に見ればサプライチェーンの分断や為替も大きく変動し、日本にとっては穀物原料や鉱物資源の「調達不安」「買い負け」「高値掴(つか)み」というような事態に見舞われました。世界的に自国の食料確保を最優先することが顕在化し、日本は「備えあれば、憂いなし」の幻想から「憂いあれば、備えておく」という現実にさらされ、食料安全保障は喫緊の課題だという認識です。国内農業は生産者の生産コストの高騰に農産物の販売価格が追いついておらず、今こそ適正な価格形成を促すフランスの法律・エガリム法の日本版を整備・制定すべきと思っています。特に少子高齢化が進む生産現場では「担い手頼み」から「担い手も離農」へ移ってきており、集落単位で機能不全に陥る兆候が見受けられるなど、待ったなしの状況です。

――米に関してはどのように見ていますか。

 主食用米から麦・大豆、水田活用米穀など主食用米以外への作付け転換は、5年産は前年とほぼ同じ面積とすれば需給が均衡しますが、6年産以降も需要に応じた生産を継続していくことが必要です。

 主食用米の需給状況はこれまで緩和状態でしたが、生産者やJAの努力によって均衡状態に移ってきていると捉えています。一方で作況のあまり良くなかった東北を中心に、系統集荷は非常に苦戦を強いられています。価格に目を転じると、米価も回復傾向ではありますが、生産コスト増に販売価格が追い付いておらず、生産費を賄う水準までは程遠い状況であるといえます。

 政府は2050年の見通しで、米の需要は今の702万tから379万tに激減すると発表しました。これはかなりインパクトのある数字であり、将来の農業ビジョンが見えず生産者のやる気が損なわれることにつながりかねません。食料安全保障や持続可能な営農の観点から、今論じられている「食料・農業・農村基本法」の見直しを好機と捉え、生産者の期待に応える農政展開と系統結集を図るチャンスではないかと考えています。

5つの取り組み 16の取り組み

――令和5年度の取り組むべき課題と方針をどのように考えていますか。

 大きくとらえれば確実な需給改善に向けた5つの取り組みと、今後の事業環境変化に対応する16の取り組みが5年産の方針です(図参照)

 そして次の7点、(1)需給均衡に向けた計画生産の実践(2)生産面積や労働の集積が続く担い手への対応強化(3)新品種開発や種子確保への対応強化(4)JAや生産者との関係を再構築し系統取り扱いのシェア拡大(5)パックごはんや米粉などの米加工事業の強化(6)適正価格や消費拡大に向けた広報宣伝や理解醸成活動の展開(7)出荷契約業務のデジタル化・WEB化によるJA業務の標準化・効率化。また、全農統一フレコン・一貫パレチゼーションなどの物流改善に重点を置いて取り組みたいと考えています。中でも、計画生産や新品種の開発、出荷契約業務、物流の効率化については、米はもちろん、麦・大豆でも同様に実施していきます。

麦・大豆・飼料作物を生産拡大

――米穀農産事業を取り巻く事業環境についてどのように見ていますか?

 今までは主食用米が過剰になり、その改善策として受け皿となる加工米や飼料米、米粉米、輸出米といった「水田活用米穀」を推進してきましたが、加工用米や米粉用米など品目別に見れば、需給状況がおのおの異なっています。

 また、直近では主食用米以外への作付け転換が功を奏し、5年産に向けた主食用米は需給改善の兆しが見受けられ、相対販売価格も上向き基調となっています。需給が締まり、主食用米の価格が好転するのは喜ばしいことですが、このことによって水田活用米穀から主食用米へ逆流することが懸念されます。そうなると、また主食用米の供給過剰が起こり、米価の下落や大幅な作付け転換を余儀なくされるでしょう。

 5年度予算を含めた農政の動向をみると、(1)米から別の作物への転換、特に畑作化(2)土地そのものを水田から畑地に転換する――という方向に向かっており、それらに対応した農業政策や予算が重点的に措置されているのが特徴と言えます。そこで、水田活用米穀の次の受け皿として麦・大豆・飼料作物などの生産拡大に向けた取り組みが注目されています。つまり、これらの作物を増産することは、世論を味方につける千載一遇のチャンスが到来していると言えます。

――チャンス到来と言われる麦・大豆については、どのような課題と打ち手がありますか?

 そういったフォローの風がある中で、産地ではJAを中心に麦・大豆・飼料作物などを積極的に推進しているものの、大きく3つの点で課題があります。

 1つは生産面です。麦や大豆は水稲と比べると天候要因による豊凶の差が顕著な作物です。安定した需要を確保し、生産者が安心して営農計画を立てられるよう、栽培技術の向上や新品種の開発・供給により、安定生産を手助けする必要があります。

生産・普及を進める大豆の極多収系統の種子

 そこで麦では農研機構や日清製粉等と連携し、汎用(はんよう)性が高く広域に普及が可能な栽培特性を持ち、穂発芽(ほはつが)耐性が強く多収で、製粉適性のある国産小麦の開発に向け、令和3年度より現地実証試験を実施しています。4年産(3年播種=はしゅ)では良い結果が出たので、5年産(4年播種)の候補品種を決め、昨年同様、現地実証試験と生育調査を実施していきます。

 大豆では農研機構と連携し、収量性に特化した極多収系統の種子の生産と普及に取り組み、2品種の品種出願登録が予定されています。各県で奨励品種化される前ではありますが、民間種子会社へ委託し種子を生産して、希望する産地での作付け拡大を図ります。特に低単収が課題となっている東海・北陸・東北などの地域を中心に普及拡大を図りたいと考えています。また、降雨や降雪、遅霜といった播種時期の天候災害を回避するため、播種適期の広い品種の育種も農研機構と共に進めます。

 2つ目は流通面。麦・大豆などの増産に伴って不足する保管施設をいかに確保するか。また、カントリーエレベーターやライスセンターといった乾燥調製施設の老朽化が進んでいるので、これに対しても前広に手を打っていかなければなりません。

 品目別にみると大豆の場合は、実需者からの要望が強いフレコンバッグなど大型規格での出荷に取り組まなくてはならないと認識しています。麦ではサイロ倉庫も含めた計画的な倉庫収容力の確保対策を実施します。

 そこで消費地向けの倉庫対策として、国の「麦・大豆ストックセンター整備事業」に申請し、消費地に国産大豆専用倉庫を整備します。消費地への集約保管を進めるとともに、各地域の庫腹不足解消を図ります。大豆の容器・輸送形態の改善については、実需者からの要望が強いフレコンバッグなど大型規格での出荷に取り組まなくてはならないと認識しています。

 また、国の「新たな麦・大豆流通モデル事業」を活用し、大豆のコンテナ輸送や角型・隔壁型のフレコンの利用など、輸送・保管の効率化に資するモデルづくりを行い、手荷役軽減のための半貫・一貫パレチゼーションシステム※の試験運用を始めていきたいと考えています。

 そして3つ目は価格面です。急激な生産拡大による販売価格の低下も懸念されるので、段階的な増産を進めます。そして日清製粉やDAIZ社といった他企業と連携し、商品開発に取り組みます。

 麦の増産に向けては、国産小麦を使ったパンなどが出始めていますが、まだまだ主流はうどんなどの日本麺用品種です。そこで実需者が求める、安定した品質のパンや中華麺用品種の生産拡大を図りながら、品質に見合う価格形成を努めていきます。

 大豆では契約栽培の取り組みを中心に大きく3つの価格帯に分かれます。量は少ないが特徴ある納豆のように高価格帯で取引される大豆については、国産付加価値需要の固定化と拡大を図ります。中価格帯の場合、価格的には海外産と競合しますが、最近は海外産大豆の価格も上がってきているので、国産に替えようというニーズも生まれています。実需者の海外産の将来的な確保への不安感を背景に、国産への期待を生かして有利販売拡大に努めたいと考えています。その一環として、他企業と連携し、豆腐バーなど国産原料を使用した商品の開発や、プラントベースフードといった新規需要の国産化を進める必要があります。

ミドルアップダウン調整型に

――最後に令和5年度のスタートにあたり一言お願いします。

 米については需給も改善し、環境的にはかなり良くなってきているので、生産者やJAと協力し、もう一段、米価を上げていきたい。麦・大豆については今、スポットライトを浴びフォローの風もかなり吹いています。ただし、プロダクトアウト型の生産だと需要やニーズを無視したことになり、挙句、供給過剰になって買いたたかれたり、保管経費の増嵩(ぞうすう)に陥ったりすることが考えられます。そのため、全農の麦類農産部を中心にマーケットイン型、またはミドルアップダウン調整(プロダクトアウトとマーケットインの中間)型の生産販売戦略を策定することがこれからのポイントになるでしょう。米でいうマーケットインは卸や小売・外食などのニーズを聞いた上での生産ということになるが、産地側にもさまざまな事情があります。産地が川下のニーズを全て把握することは難しく、どうしてもプロダクトアウトが先行してしまうのも事実です。その懸け橋として全農が間(ミドル)に入り、実需者ニーズをかみ砕いて産地に伝え、産地の作付け方針や重点品目を実需者に理解してもらう。われわれ全農がこのミドルアップダウン調整の役割を果たすべきだと感じています。

※半貫パレチゼーション:産地~倉庫・倉庫~販売先で異なるパレットを利用して流通する仕組み

 一貫パレチゼーション:産地~倉庫~販売先まで同一のパレットを使用して流通する仕組み

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