有識者インタビュー 胃袋から考えるサステナビリティ
価値は価格だけではない 食と農のつながりを問い直す
食への関心が高まる一方で、その食べ物がどこから来て、どう循環していくのかを意識する機会は少なくなっています。法政大学人間環境学部の湯澤規子教授は、「食べる」と「出す(排泄)」のつながりに着目し、食と農の関係を見つめ直してきました。資源循環の価値や食農教育の可能性、そして作る人と食べる人をつなぐJAグループの役割について聞きました。
食と農の分断が価値を見えにくくする
――日本人にとって「食べる」ことの意味はどう変化してきたのでしょうか。
この100年で大きく変わってきました。戦後は空腹を満たすための「胃袋で食べる」でしたが、おいしさを求める「舌で食べる」、見た目や盛り付けを楽しむ「目で食べる」、そして栄養や機能性を意識する「頭で食べる」へと変化してきました。そして今は、SNSで食事の写真を共有し、「他人の目に食べさせて、自分の心を満たす」時代といえます。
一方で、学生たちに理想の食を聞くと、多くが「みんなが幸せになれる食」と答えます。だから私は、食を消費ではなく文化的な奥行きのある営みと捉えたい。「消費者」よりも、「食べる人」という言葉で考えたいと思っています。
――昨今の食と農の関わり、そして食料価格の上昇をどう見ていますか。
食への関心は高くなっているのに、農業への関心は低くなっていると感じています。本来、食と農は切り離せない問題なはずですが、「食べること」ばかりが語られ、「作ること」へ関心が向きません。
その結果、食料価格が上がると「高い」「安い」という話だけになってしまいます。その価格は誰が決め、なぜ上がっているのか。資材価格の高騰や、戦争をはじめとする国際情勢の変化など、さまざまな要因があります。そうした全体構造を知らないと不安ばかり大きくなる。食と農を一体的に学ぶ機会をつくることが、課題だと感じています。
「食べる・出す・回す」で世界がつながる
――下水汚泥の肥料や家畜ふん堆肥などを使った資源循環型農業への期待をお聞かせください。
下水汚泥や家畜ふん堆肥を地域で資源化することは、農業が本来持っていた循環の力を取り戻す「古くて新しい農業」だと思います。ただし、「環境にいいから」というだけでは広がりません。制度的な後押しや経済的なメリットも必要です。
山形県鶴岡市では、浄化センターから生まれた堆肥が農業に使われ、その農産物が給食に出され、教育にもつながっていました。「自治体やJA、学校……食と農を真ん中に置くと関わる人が増えて、手間がかかる。でも、その分だけ面白い」とセンターの方が話していました。暮らしの中で循環を実感できるからだと思います。JAグループには、各地の挑戦を学び合えるネットワークづくりを期待しています。
――資源循環を通じて生産した農産物の付加価値を、消費者にどう伝えればよいでしょうか。
〝付加価値〟というと価格の話になりがちです。しかし生産する喜びや誇り、それを選んで食べることへの自負、そうしたものも含めて価値なのではないでしょうか。
授業で学生たちに「日本の食は豊かか」と尋ねると、最初は「コンビニで何でも手に入るから豊かだ」と答えます。しかし生産現場や農村地域を学ぶうちに、豊かさとは便利さだけではないことに気づいていきます。
農家の生活が成り立ち、風景も成り立ち、牛も健康で牛乳もとれる――こうした持続可能なあり方を、私は「まかない合う」と表現しています。地球とも、生き物とも、私たち人間同士も、お互いを支えながら生きています。そうしたギブアンドテイクの関係の上に、食と農は成り立っています。
まかない合うもの同士、その〝価値〟の中身をもう少し膨らませて考えてみてもいいのではないでしょうか。
――JA全農は食農教材「うんこドリル」を作成しています。「うんこ」を入り口とした食農教育にはどんな魅力がありますか。
うんこは優れた教材になります。ただし、子どもの気を引くためだけではなく、何を伝えるかが重要です。
イタリアに暮らす友人が、スローフードのチーズ祭りの隣で「うんこ祭り」が開かれていることを教えてくれました。子どもたちは牛ふんを触り、遊んでいました。驚きの光景ですが、おいしいチーズはおいしいミルクから、そのミルクは健康な牛から、健康な牛は良い牧草、良い土壌から、そして良い土壌は牛の良いうんこに支えられていることが伝えられていました。日本でも「食べる・出す・回す」という循環から考える、新しい食農教育があってもいいと思います。
――私たちは畜産物とどのように向き合っていくべきでしょうか。
畜産物は単なる商品の言葉です。でも、牛乳や肉の向こうには生きている牛がいます。その牛を育てる牧草や土壌、ふん尿があります。その循環まで含めて畜産だと思います。北海道の酪農地域では、町がふん尿処理の費用を負担していました。しかし本来は、その循環のコストも社会全体で支えるべきではないでしょうか。自分が食べたものが、どこから来て、どこへ行くのか。そのつながりの中で畜産を考えることが大切です。
「胃袋を社会に開く」ために
――持続可能な食の実現へ、JAグループへの期待をお願いします。
学生たちに「未来の一皿」を考えてもらった時、最も印象に残ったのは「普通の食事に誰一人困らない姿」という答えでした。未来的な料理ではなく、ごく当たり前の願いだったのです。物価が上がり、食費に苦労している学生は少なくありません。胃袋は見えないから、食の困難さも見えにくい。そこで、「胃袋を社会に開く」必要があると感じたのです。
食べることは社会全体で支えるべき営みであり、その基盤に農業があります。JAグループには、作る人と食べる人をつなぎ、知る機会をもっとつくってほしいと思います。食べているものの向こう側、作った農産物が支える食卓、お互いの「食べものがたり」の学び合いが、持続可能な食への第一歩になるはずです。

1974年生まれ、大阪府出身。筑波大学人文学部卒業。明治大学専任講師、筑波大学助教・准教授を経て、2019年より現職。専門は人文地理学、地域経済学、農村社会学、地域史・産業史。著書に『胃袋の近代―食と人びとの日常史』『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』など。






