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有識者インタビュー 早稲田大学 政治経済学部 下川哲 教授

2026.04.27
広報・調査部

消費者の財布には上限対象ごとの戦略を

 昨今、農畜産物の価格の上昇、輸入リスクの拡大、生産者の減少が進む中、持続可能な農業のためには、消費者の選択行動が重要になります。そこで農業経済や消費行動に詳しい早稲田大学政治経済学部の下川哲教授に、消費者に国産を選択してもらうためにJAグループに求められることなどを聞きました。


米価の高騰で価格設定の自由度が低下

――昨今の食品の価格高騰は、食料安全保障や農業の持続可能性にどのような影響があるでしょうか。

 価格上昇の要因が「国内農業の改善につながる値上がり」か「外部要因による負担増」かによって、農業の持続可能性への影響は大きく異なります。現在の価格上昇は、肥料・エネルギーなど輸入資材の高騰「日本がコントロールできない外部要因」によるものです。価格が上がっても農家の利益は増えず、農業の持続可能性にはマイナスに働きます。

 今回の米価高騰では、比較的安い価格帯の米ほど値上がり率が高く、もともと高かった米の値上がり幅はそれほどではありませんでした。消費者が支払える価格には上限があり、外部要因で価格全体が底上げされてしまうと価格設定の自由度が非常に制限されます。つまり、適正価格が入り込む余地が減ってしまうのです。こうした状況では、JAなど民間の努力だけでは限界があり、何らかの公的支援が必要です。

――消費者が農畜産物を買う際、何を重視しているでしょうか。

 消費者は、圧倒的に価格を優先する傾向が強いです。感覚的には7割以上を占めると思います。ただし、ブランドや産地を重視する層も一定数いるため、消費者を「平均」だけでとらえると、商品開発や価格戦略はうまくいきません。ある程度、グループ分けをすることが重要です。

 最低限のおいしさは必要ですが、日本の農畜産物はどれも味や品質が高水準にあり、あまり問題になりません。安全性や環境を訴求する方法も考えられますが、すでに日本の食は安全性が高く、そして環境といえば「食」よりも「森林」をイメージする人が多いため、どちらの要素も食品の購買行動に与える影響は小さいと思います。加工食品は、生鮮に比べて国産重視の傾向がさらに低くなります。

 消費者を大きく分類すると、「食への関心が高く、何もしなくても国産を選んでくれる消費者」と、逆に「価格重視で、国産でも輸入でも構わないと考えている消費者」がいます。日本の将来にとって、薄利多売の作物――典型的なのは米ですが、価格重視派に買ってもらうには、国産と輸入との価格差を、消費者の許容範囲内に収める戦略が重要となってきます。

上昇傾向の続く食料品の消費者物価指数

適正価格の落とし穴を避けるには

――生産現場と食卓の距離が離れる中、JAグループは消費者に向けてどんな情報を発信すべきでしょうか。

 「どのターゲットに、何を目的で発信するのか」が曖昧になっているように思います。食への関心が高い層向けには食農体験は有効ですし、ブランド産地では食農体験が商品の魅力アピールにつながります。ただそうでない場合は、農業の「良い面だけを見せる」のではなく、現場の大変さや流通の実態をリアルに伝える方が消費者の心に響くかもしれません。例えば、農作業体験で「みなさんの今日の作業分を給与に換算すると、この金額です」と農家の経営実態を伝えたり、「この果物が500円で売れたら、農家が約240円、集荷・物流が約155円、スーパーなどが約120円受け取りますが、コストを引いた利益は農家が約70円、集荷・物流が約2円、スーパーなどが約4円にしかなりません」と説明したりすれば、価格形成の背景を理解しやすくなります。

 食に関心が薄い層には、ゲーム的要素を取り入れた訴求方法にしたり、健康診断で食生活に関心が高まるタイミングで食情報を届けたりすることが有効だと思います。より効果的なのは小学校での食農教育、特に給食です。長期的な行動変容につながります。

――4月に食料システム法が施行しましたが、サプライチェーンなどで注視していることはありますか。

 物流に注目しています。現場では物流施設の老朽化や、低収益により設備投資が不足しており、農産物が適切に扱われないケースもあると聞きます。食料システム法が掲げる適正価格は、農家のコストだけでなく「物流段階のコストの適正化」に光を当てる点に大きな意義があります。
 一方で、適正価格の導入の落とし穴は、輸入品の存在です。適正価格が機能しても、輸入品の方が安ければ「安い方=輸入でいい」と消費者は流れてしまいます。価格が上がれば輸入品が増え、国産市場が縮小してしまっては本末転倒です。米価のように「上がり過ぎても逆効果」になるケースが実際に起きています。

 消費行動は連続的です。国産か輸入、0か1かの二者択一ではなく、ターゲットごとに訴求方法を変え、生産や流通を工夫していくことが重要になると思います。

 生産でも、ニーズに合わせた集荷、販売戦略を立てる必要があります。量を確保したい生産者もいれば、少量でも自分の作った物をきちんと評価してほしい生産者もいます。高品質にこだわる生産者向けには、一定水準以上の価格で売るルートをきちんと作るべきです。集荷・販売も分けて対応するためJAは大変ですが、そうしたきめ細かな対応が集荷率の向上にもつながるでしょう。

一律の国産推しより複数ブランドの展開を

――「国消国産」運動で、消費者に行動変容を促す効果的な仕掛けはありますか。

 「国産は未来のため」といった抽象的なメッセージは消費者に響きにくいので、より具体的に訴えることが必要です。「○△町の農家の写真つき」などの情報は分かりやすく、さらに響きます。「国産と輸入」の比較では国産にこだわらないという人でも、「地元産と輸入」だったら地元産を選ぶ人が少なくないはずです。

 JAが重視するのは、味やブランドでしょうか、それとも食文化や食の豊かさでしょうか、あるいは食料安全保障でしょうか。農産物の特性や購買ターゲット、競合相手によって、ブランドやメッセージを使い分ける必要があります。マーケティングの視点で言えば、メッセージを一つに集約してしまうと受け手には響きません。そこで例えば、プレミア感のある「JAプラス」、大衆向けでお得感のある「JAバリュー」など、複数ブランドを使い分けて訴えると、伝わりやすいと思います。食に興味のない層にむけては、販売の場所や方法など、普段の生活で無意識につい選んでしまうような仕組み作りも重要です。

――最後に、JAグループの役職員にエールをお願いします。

 JAの最大の強みは食料を大規模かつ安定的に供給できることで、これまでもこれからも、日本の食料安全保障を支えるために不可欠な組織です。個別の農家だけではどうしようもない問題の解決にむけ、JAの役割は極めて重要で、挑戦できるポテンシャルもあります。

 人材育成においては、例えば食に興味のない人でも採用するといった多様性を重視してほしいです。それが組織としての柔軟さや、発信力、結集力につながると期待しています。

下川哲(しもかわ さとる)
早稲田大学 政治経済学部 教授
 2000年、北海道大学農学部卒業。2007年、米国コーネル大学で応用経済学の博士号を取得。香港科技大学社会科学部助教授、アジア経済研究所研究員、早稲田大学政治経済学術院准教授を経て、2025年4月から現職。国際学術誌「Food Policy」や国内学術誌「農業経済研究」などの編集委員も務める。専門は農業経済学、開発経済学、食料政策。

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